9/16 スポルティーバ 「鈴木健.txtトークライヴ〜文化系プロレス講座課外授業FINAL〜」 Sportiva Arena



4月から毎月行われてきた、栄中日文化センターで
プロレス講座「鈴木健.txtの文化系プロレス講座」後に
行われてきた"課外授業"も今回が一応のラスト。

ゲストはノリ・ダ・ファンキーシビレサス。


家族が好きで、小学生の頃からプロレスを観ており、
超世代軍や闘魂三銃士などが好きだったそうな。

小橋健太(現:建太)と組んでいた頃の菊地毅が好きで
カンナムエキスプレスの攻めに耐える姿がカッコよい、と
感じた。


ヒップホップとの出会いは中学生。
ZIP-FM(東海圏発の洋楽を中心とするFM曲)の
開局が学校で話題になる頃。

友人に金持ちの子がいて、家にターンテーブルや
機材などがそろっていて「何だこれは!」。
そして音楽をやり始めた。


プロレス熱は、ザ・グレート・ムタがnWoに加入して冷めた。
ノリ「孤高の存在でいて欲しかったのに群れるなんて!
vs小川直也戦の感動を返してくれ!と」


「人と同じことをやりたくなくて」ラグビー部に所属。
授業中に歌詞を書いていた。


CDを作り、一晩でポスターを2000枚貼り、1000枚のCDを
売りきった。が、調子に乗って増産しそれが今も残っている。

入り浸っていたスタジオ(倉庫を改造)で、曲を作り、
その日にクラブでやる、といっていたことをしていたら、
声をかけられてソニーミュージック(SME)と契約することに。

ノリ「"魂を売る"と、ヒップホップではメジャーとの
契約は良くないと言われながらも、良い内容で契約を
取ると尊敬されたりとか。で、何とか契約して」


日本テレビの厚意で、ノアの興行を見せてもらったとか。

また、事務所に所属せずソニーと直接契約しており、
東京に行く際はそこの会議室に溜まっていた。

ノリ「ウイニングイレブン(サッカーゲーム)を遊んでて
"隣で会議してるんだ!"と叱られたり」


紅白歌合戦出場の話へ。契約約一年後に出場。
『ココロオドル』のヒットがあったが、この曲はAVを
借りて、家に帰る時は"心躍るね?"と話していたら
ソニーの人も"そうだね!"と。

断るのがカッコいい、という風潮が当時はあり
辞退しようかと思ったが、当時名古屋で一番の
ラッパー(TOKONA-X)が急逝したことや、大学も
休学してフラフラしていたので親孝行したい、と出場。


北島三郎クラスでないと、個室の控室が与えられず、
鳥羽一郎やさだまさし、w-inds.などと同室。

小林幸子は、他の出場者全員に出場記念品を配り、
またNHKからはトロフィーをもらったそうな。

また、松平健の「マツケンサンバ」ではダンサーもやった。
鈴木氏曰く、小川直也のモノマネタレント子川直也も出演
していた。

鈴木「演者として紅白に出場した、プロレス関係者は
ノリ・ダ・ファンキーシビレサスと子川直也だけなんです」


その後、契約を解消。
ノリ「曲の制作ペースを決められたりして、好きなことを
やっているのに、と。メンバーの仲もギスギスしてきて。
で、契約を終えたら仲も良くなり、曲もたくさんできて」


ヒップホップのサンプリングについても話す。

曲の一部分を抜粋し使っていたが、今は著作権が
厳しいので、そのまま抜き出すことはせず再演奏し
使っている。

また、サンプリングに用いられることで盤の知名度が
上がってレコードの価格が上昇することもあるとか。

ノリ「この前500円だったのが3000〜4000円くらいに
なったりして、もう使われているのになぜだ!」


プロレスに再び興味を持ったのは、ソニーと契約し
ツアーなどで出来たヒマな時間を潰すため、週プロを
買ったことから。ノア旗揚げの頃とか。


今池プロレスに出たのは、今池商店街の人たちが
「ノリくんプロレス好きだったよね?」と悪ノリしたから。
断る前に、出る前提で話が進んでおり、それならば
やるしかねえ、と思った。

それに、自分が好きなプロレスを知ってもらうならば
自分がやって、見せるのが一番だろうと考えた。

鈴木「プロレス界で往々にしてある、●●しかない!と
選択肢を自ら狭める行為ですね」

ちなみに昔のインタビューで夢を訊かれて冗談で
「30歳までにプロレスデビュー」と言っていたらしい。


それでスポルティーバアリーナで練習を開始。
今池プロレスで解説を行った際は、頭が真っ白で
よく覚えていない。


TKG48に入った時に、記念写真を撮影したが
天龍源一郎がいて興奮した。
紅白の時よりもはるかに心躍ったそうな。


今は音楽、プロレスとともに農業も手がけている。

ノリ「こんな美味い野菜が安く手に入るのに、なぜ
みんなスーパーで買っているんだ、と。
プロレスと同じで、なら自分でやるぞ、と思って」

八百屋(yaotomi)以外にも、実際に畑で野菜をつくり
始め、弟子入りしてイチから学んでいるらしい。


今後はもっと名古屋のプロレスを盛り上げることが目標。
音楽でもそうだったが「なんで名古屋で?」と訊かれるのが
悔しい。

東京に出たいという気持ちは無い。
だから、選手が東京進出するというのが悔しい。
カウンターカルチャーとして、名古屋に足を運ばせたい。

この他いろいろ話題が出たが、きわどいものもあり割愛。

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