7/21 スポルティーバ 「鈴木健.txtトークライヴ〜文化系プロレス講座課外授業4〜」 Sportiva Arena



今回のゲストは"ミスター6号の父"、佐藤泰。
若干遅れて入場すると、佐藤が最近購入して
会場で焼いている、たこ焼きについてのトーク中。

鈴木「あれいくらだったんですか?」
佐藤「ぶっちゃけ5万です。でも、プロパンガスは
素人は簡単には手に入らなくて。
本業の給料が下がっていくことは分かっているので
別方向にも手を出しておこうかな、と」

四方八方手を尽くして入手したそうな。
以下箇条書き

・業務用のたこ焼き粉はかなり美味しい。
・が、それを使うとみな同じ味になる。
・なので生地を改良した。
・具はタコだけではなく、色々試している。


そのたこ焼きにカツオ節をかける6号。

▼第1部


ここからがトークの本番。佐藤自身についての話。

・小学校の時に全日本プロレスを観て衝撃を受けた。
・馬場vsブッチャーでブッチャーが流血していて驚いた。
・佐藤「流血なんて見たことない、さらに耳そぎチョップなんて!」

・シーク ブッチャー vs ファンクスを見てさらに衝撃を受ける。
・流血しながらも、腕に巻かれた包帯をなびかせながら、
パンチを放つ、テリー・ファンクが格好良かった。
・卒業文集に「プロレスラーになる」と書いた。

・母親の買い物に付き合ったら、本を買ってくれると言ったので
ゴング(週刊になる前)を買ってもらった。


・プロレスは全日本派。
・マスカラスにも惹かれた。体、そしてあの目つきがいい。
・部屋にゴング付録のマスカラスポスターを貼り毎日拝んでいた。


・レスラーになりたかったが、当時の募集規定の
体格に届いておらず、下地を養うため、レスリング部の
ある高校を探したが、愛知県では少なく見つからなかった。

・母親が務めていたところに、たまたまその学校に
通う人がいて教えてくれた。徒歩で通えるほど近所。
・そこへ行こうとしたら、中学の先生が「いくらお前でも
もうちょっとレベルの高い学校に行けるぞ」と言われた。
・結局そこへ進学。受験勉強の必要が無かった。


・高校でレスリングを始め、卒業後はフリーターをしつつ
後輩にレスリングを教えていた。
・佐藤「フリーターという言葉が出る前から、フリーの
アルバイター、と言ってました」

・国体に出場したのは31歳の時。一度は出られない時が
あったが、3年連続で出場し、結局4回出場。
・周りの人に「国体出たの?凄いね!」と言われることが
何よりのモチベーションになった。

・その後、プロレスよりもレスリングに傾倒していった。
・が、時々は見ていた。
・GAORAでドラゴンゲート、特にドラゴン・キッドを見て驚いた。
・そして自分と息子たちでずっと見ていた。


・レスリング仲間が、「へなちょこプロレス」をやっている
ことは知っていた。
・「大人がやるプロレスごっこ」というもの。
・その仲間はオリンピック選考試合で決勝まで行った猛者。

・サウナの一角で「へなちょこプロレス」をやっていた。
・自分も出たかったが、出してくれ、とは言いたくなかった。
・ある日欠員が出て「これは来た!」と思ったら打診され出場。

・いろいろな胡散臭いリングネームの選手ばかり。
・自分は「ダイナマイト・多分(きっと)」を名乗ったりした。
・佐藤泰としてのプロレスラーデビューはいつか覚えていない。

おそらく、「NAOYA AID」かな?


・自分のスタイルは体の小ささを利したものが多い。
・普通の体格であれば、腕が入らなかったり、足を
ひっかけられなかったりするが、自分であれば
ちょうど良い場所に相手の体があり、ツマ先を
使ったり、腕を差し込むことができる。

・河津落としのバリエーションの多様化は、
自分はココだ!というスキ間を見つけたと感じた。
・河津落としを使うのはジャイアント馬場の影響。

・でもたまには飛びたい。
・金曜日には飛ぶこともあり「こんなのもできるぞ」と見せたい。
・「凄い!」と言われたい。

・プロレスラー、と名乗るのはおこがましいかもしれない
部分があるが、友人に会うと「夢はかなったか?」と
訊くのが楽しい。

・試合をしてみたいのはMIKAMI。話をした際に
「レスリングをやりたいんですよね」と言われた。
・他にはDDTの大石や、K-DOJOのヒロ・トウナイなど。
トウナイとは一度対戦経験がある。

・6号のおまけ、としてではなく、佐藤泰個人として
オファーを受けたら他団体へ出てみたい。
・が、今は週に三度のレスリング教室と、水曜日の
プロレスがあるので、満足している。
・他団体出場があっても、それはオプション。


▼第2部


第2部は息子たちや子育てについてのトーク。

・長男の力で色々失敗して学んだ部分がある。
・力が反抗期の時「お前は反抗期なのか!?
それなら俺も反抗期だ!」と対抗した。

・「飯も靴も俺の稼いだ金で買ったものだろ!」
と言うと食べなくなる。でも靴は履く。


・へなちょこプロレスは、力はやりたい、と言った。
・6号は何も言わず、上がった。


・当時、シュガー兄弟という選手がいて、1〜3号までいた。
・6号は彼らの破れたマスクをかぶり、「僕はミスター6号だ」
と自ら名乗った。

・幼稚園児だったので、数もまともに数えられないから
3の次が6になったのかもしれないし、プロレスラーといえば、
ミスターがついて、いるからかもしれないが、真相は分からない。

6号本人も覚えていないだろうなあ。


・やっている内に、飯伏幸太がへなちょこプロレスの
名を挙げて、それで知ったスポルティーバ斉藤代表が、
夏祭りでのイベントプロレスを撮影しに来て、それを
高木三四郎が見て、知られるようになった。




その時の映像。


・愛プロレス博でオファーを受け、出た。
・昼にDDTの興行があり、そのリングを使うので
「ずいぶん本格的だなあ」と思った。

その後にスポルティーバへ移籍。


・佐藤「6号には"お客さんはお前を観に来ているから
しっかりやれ"と言っている」
・動きは6号自身で考えたものもあれば、自分が
言ったり、他の人から言われたりしたものがある・
・619は見ようみまね。自分にはできない。

・かなり厳しく教えている、死なない程度、とまでは
いかなくとも、もうやりたくない、と言わない程度に追い込む。
・自分の減量の時の経験上、誰か後押ししてくれる人が
いると、人間は頑張ることができる。
・そのサジ加減は親子だからできることかも。結構適当だが。

・レスリング教室には「家で言うことを聞かないので、
厳しくやってくれ」と子を連れてくる親が少なくない。
・他の親子に比べ、同じ競技をしていることでともに
過ごす時間が長いのは羨ましい、と言われる。

・怖いのは6号と同じような小学生が出ること。
・レスリング教室と、プロレスのリングがある会場。
このふたつが揃っている小学生はまずいない。
・でも同じようなのが出てくると仕事が減るので"潰す"。

・息子たちにこうしてくれ、というものはないが、
面白いことをやり、自分を楽しませてほしい。
・長男の力は、CIMAに会い、色紙をもらったことから
中卒でレスラーになりたいと言ったものの、結局高校へ
行き、就職に失敗したので大学に行った。

・プロレスはやりたいようだが、スケジュールが合わない。
・冷静に考えているらしいが、名古屋でプロレスを
したいらしい。
・力は6号のおかげ、という部分を認識はしているが、
感謝もしている。ジェラシーというほどではないが、
羨ましい、と思っている部分もある。

・6号はまだ小学生の内に海外で試合をさせたい。
・自分の希望はアメリカ、6号はドイツを望んでいる。
・6号の強みは、まだ小学生なので体の成長とともに
スタイルが進化していくこと。

ミスター0号との試合の時は、「次は透明人間だから」
と伝えた。
・6号は2歳くらいの時から、布団の上でエアプロレスを
やっていた。自分で選手コールもしていた。

・16歳でプロレスラーを志す人間はいるかもしれないが、
そういった人間たちよりもアドバンテージがある。
・が、彼がもうやらない、と言えばそれでいい。
・ただ、真面目にやっていればいいことがある、と伝えている。

・とにかく今が楽しい。6号はクールで「あ、今日のって
テレビだったの?」とか。自分の方が楽しんでいる。
・6号には「お前のおかげで楽しい人生を送っている」と
いう気持ちがある。


▼おまけ


佐藤のお宝自慢。
ちびっこレスリング大会に来ていた、ビル・ロビンソンに
サインを入れてもらったTシャツ。

全日本派なので、UNチャンピオンと書いてもらったら
「お前は猪木との試合を見ていないのか?」と訊かれた
らしい。


同様に、レスリング大会に来ていた、ザ・デストロイヤーと
リック・フレアーにサインを入れてもらったTシャツ。

初めて聞くエピソードも多く、興味深いトークだった。

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