4/21 スポルティーバ 「鈴木健.txtトークライヴ〜文化系プロレス講座課外授業〜」 Sportiva Arena



このイベントの前に、栄中日文化センターで日本初の
カルチャーセンターにおいて行われるプロレス講座
「鈴木健.txtの文化系プロレス講座」が開催。

内容としては、以下のようなものだった。
・文化系プロレスとは
・プロレスが文化として成立したのは「歴史」があるから
・他競技と異なる楽しみ方がある
・プロレスの楽しみ方のいくつかのパターン

4月:文化系プロレスとは
5月:プロレスの歴史
6月:プロレスマスコミとして見たプロレス

の全3回となり、7月からも開講するそうな。


イベント開始前に、神実況イベントDVDの宣伝。
ザ・グレート・サスケ出演のときのもの。


第1部:斉藤涼スポルティーバ代表、第2部:高井憲吾との
トークの予定が、斉藤代表がまだ会場入りしていないため
急きょ入れ替えることに。

高井は2部からのため、トレーニングをしており、
汗が引くまで待つこととなり10分押し。

そして開始。
しかし、高井のテーマ曲(『Mighty Wings』)が流れない。
入場ドアを高井が叩いて催促するが、流れない。


そこで鈴木氏は『The Game』(Motorhead)を流す。
鈴木「この曲で入場するのは最初で最後かも」

高井入場。手にはちゃんと水入りペットボトル。




リングに上がって水吹きパフォーマンスまで!


鈴木「ちゃんとペットボトルまで用意してくれたんですね」
高井「曲が鳴って、控室までペットボトルを探しに行きました」


【プロレスラーとなった経緯】
・高井は高校卒業後上京
・最初にレッスル夢ファクトリーに入門
・練習もプライベートもキツく、2ヶ月で夜逃げ
・夢を捨てきれず、週プロで見たDDTの練習生募集に応募


【入門テスト】
・当時のDDTは、スポンサーの和食店の駐車場に
リングを組んで練習を行っており、そこで受験。
・試験官は木村浩一郎、高木三四郎など。
・スクワット500回、腕立て300回、マット運動ほか。

鈴木「高木選手はそのどれもできないと思いますよ」

・1ヶ月前に黒毛和牛田(現:不動力也)が入門して
いたが、規定回数をこなせず仮入門扱いだった。


・テストを受けに行っただけなのに、なぜか選手たちの
8人タッグに組み入れられて、いきなり試合。
鈴木「今では信じられませんね」

・高井は何をやっていいのかも分からず、ボコボコに
される中、脱出して不動にタッチを求めたが、不動は
「もうちょっと頑張れ」と手を引いてタッチを拒否。


【練習、そしてデビュー戦】
・当時、千葉県の松戸に住んでいたが、DDTの
練習は隣の県で、月に1〜2度。

・このままでは、デビューに何年もかかりそうだと
思っていたら、IWAの山田圭介(現ブラックバファロー)
から声をかけられ、練習に参加させてもらうようになり、
その甲斐もあって4ヶ月でデビューできた。

・デビュー戦は鶴見青果市場で、木村と組んで、
相手は佐々木貴とタノムサク鳥羽。雪降る中で試合。

・木村がタッチ間際にハイキックを佐々木に打ったら、
佐々木がヒザから崩れ落ち、ダウンカウントが進んだ。
このまま勝ってしまうのはイヤで、ストンピングを入れ、
カウントを止めた。その時佐々木は白目をむいていた。

・佐々木に攻撃をしていると、無意識にもかかわらず
佐々木は動き始め、そして回復し、ボコボコにされた。


【初期DDTの選手たち】
・鴨居長太郎は、ボクシンググローブを付けて戦う。
ロープワークや受け身どころかパンチだけで試合をつくる。

・サバイバル飛田は、18時30分開始の興行で、第2試合が
出番なのに、19時に迷彩パンツで、タバコをふかしながら
登場し、試合をして興行が終わる前にタバコをふかして帰った。

・その後、飛田は埼玉プロレスを旗揚げするが、リングの
ないところでの試合や、木人ケンなどに衝撃を受けた。

鈴木「埼玉プロレスは早すぎたかもしれませんね」

・森谷俊之はとにかく羽振りが良かった。試合も多くなく、
ギャラの高い団体で試合をしている様子もないのに。
・当時の噂は「森谷は自分の内臓を売っているのでは?」

・ポイズン澤田(現:ポイズンJULIE澤田)は、レガースと
ロングタイツだったのに、徐々にヘビっぽくなっていった。
・澤田は物腰柔らかで優しくしてもらった。

・佐々木貴は正統派志向。実際に高校で生徒会長も
しており西野勇喜とのユニット"DDT生徒会"を結成。
頼んで入れてもらった。
・当時のDDTはイロモノと正統派に二極化。


・後楽園ホール大会は、心配だった。
普段は北沢タウンホールを入れるのが精一杯

・高木三四郎は、当時から「こんなところでは終わらない、
もっと大きな会場でやるんだ」と言っていたが、
何を言っている、このメンツを見ろ、と思った。
・強い、巧いという印象はあまりないが、惹き付ける力を感じた。
・高木は当時からWWEなど最先端に注目していた。

・ロックの「It doesn't matter!」の和訳
「んなこたぁどうだっていいんだよ!」を使っていた。
・でも外見はストーンコールド。

鈴木「美味しいとこ取りですね」

・レフェリーのジャッジ金子には、レスラーでもないのに
足蹴にされたり、飲み会でカスだプロレスやめろと言われた。

・あまりに怒りが収まらず、帰宅してから近くの公園で
木に逆水平チョップを打ち込んだ。

・しかし、DDTを退団する際に「頑張ったな」と5000円を
くれて悪い思い出は吹っ飛んだ。

・金子にはたまに食事をおごってもらった。
・寿司を食べに行った際、50皿ほど食べたら、金子が
「オレ、そろそろ時間が…」と焦り始めた。


【ネパール遠征】
・MIKAMI、木村、佐々木、不動らと遠征。
・5人なので余った人間がレフェリー。

・現地ガイドへの接し方が悪いと木村に叱られた。
・木村のモノマネをしながら、不動にそのグチをこぼした。
・当時は木村がいない時は誰もが木村のモノマネをしていた。

・その後で木村に呼び出しを食らう。
・木村「オレのマネしてるだろ?→高井「してません!」
→木村「じゃ不動は?」→高井「アイツはやってます!」

・しかし、不動も同じように高井がモノマネをしていることを
漏らし、ホテルでふたりともマウントでボコボコに殴られた。


【今、そしてこれから】
・DDT名古屋大会へ参戦することがあるが、大きく
入れ替わったと感じる。木村が去り、和やかになった。
・HARASHIMAは退団する前にリング屋として来ていた。

・自分は名古屋に来て4年、当時よりレベルは断然
上がっているが、まだ関西・関東に及ばない部分がある。
・名古屋でも活発なんだ、ともっと伝えたい。

・もっと大きな会場で試合をしたいし、他の地域でも
試合ができるようにしたい。
・個人としての明確な目標はないが、要所要所でケガを
しているため、まずはケガを抑えること。


第2部は斉藤会長と、高井を交えて昼の講座の話や、
今後の展望や課題についてのトーク。
公開不可の話が多かったので内容については割愛。


高木三四郎などが、初期DDTについてツイートしているが、
そのまとめはこちらを参照されたし(togetter)。

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